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元日・JR西日本乗り放題きっぷ2016で「やくも」と「スーパーおき」の日帰り旅をしてきたよ

 2016/01/03 乗り尽くし紀行
この記事は約 10 分で読めます。 1,688 Views

乗りつぶし再始動を宣言してから初の遠征先は、伯備線と山陰西線(伯耆大山~幡生)です。JR西日本の新幹線を含む全線が乗り放題になる「元日・JR西日本乗り放題きっぷ2016」で最も距離を稼げそうなコースを選びました。

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今回のコース

JR西日本全線の新幹線・特急が乗り放題というきっぷは、50歳以上の方向けの会員制サービス「おとなび」の「おとなびパス」と、この「元日・JR西日本乗り放題きっぷ」くらいしか記憶にない。あいにくというべきか、私はまだ50歳を超えていないのでおとなびパスの対象者ではない。よって、年に一度、一日だけの元日乗り放題きっぷを使ってJR西日本エリアの乗りつぶしを加速しようと思う。

とは言ってもたったの一日では行ける範囲は知れている。紀勢本線や北陸本線だと同じ道を往復する羽目になるし、福知山線や播但線だと近すぎて気分が盛り上がらない。山陽本線を下関まで駆け抜ける在来線特急は絶滅してしまったから、希望の星は山陰本線しかない。どうせなら京都から幡生まで乗り通したかったが、特急を乗り継いでも一日では無理なので、新幹線で岡山まで行って伯備線、山陰西線と乗り継ぐことにした。

元日・JR西日本乗り放題きっぷ

旅程表20160101

なお、山陰西線と言う呼び名は便宜上、私が勝手につけたもので一般語ではない。Googleを検索しても出てこなかった。ただ、地理的にも山陰本線のちょうど真ん中あたりで、陰陽連絡の主街道たる伯備線が離合する伯耆大山を境にして東西に分けるのは理に適っているのではないだろうか。

山陽新幹線・新大阪→岡山「みずほ601号」

2016年元日未明、5時35分に新大阪駅20番線ホームにあがると、すでに多くの人であふれていた。指定席が満席のため自由席狙いで早起きして来たのに、長蛇の列の最後尾になってしまった。ただ、そこは一人旅の気安さで、3列シートの真ん中B席に落ち着くことができた。

昨夜は「遠足前症候群」でどうしても寝付けず、目はショボショボ。岡山まで居眠りしようと思う。

それでも時々目を開くと、窓の外に目を凝らしてしまう。大阪の日の出時刻は7時4分。6時を過ぎてもあたりは漆黒の闇、もしくはトンネルの中である。相生を過ぎたあたりから空が白み始め、山の稜線が見分けられるようになった。

新神戸、姫路と乗客が増えて、通路上は気の毒なくらい人が密集している。それでも、私と同じく、岡山駅でほとんどの人がホームに降りた。

伯備線・岡山→安来「やくも1号」

次の列車まで15分の乗り継ぎ。岡山駅コンコースの売店は営業を始めていて大勢の人でにぎわっている。私も朝食の準備がなかったので、在来線改札口を出たところにあるセブンイレブンでパンと熱いコーヒーを調達した。

特急やくも1号

やくも号は大阪圏では姿を消した381系「振り子電車」が現役で頑張っている。岡山駅を出てしばらく、切り替えを通過するたびに良く揺れて「ああ、振り子だな」と妙に納得した。それと、立て付けが悪いのか窓の下あたりからカタカタという音が不定期に聞こえてくる。こちらもそろそろ新型車両に置き替えた方がよさそうだ。

「やくも」の車窓

空はもう明るくなっていて、正月らしい青空が広がっている。伯備線に入ってしばらくすると、進行方向右手から眩しい陽の光が射しこんできた。今年の初日の出は「やくも」から拝むという、乗りテツにとって最高の年始である。

伯備線は、高梁川に沿って北上する。東西交通の動脈である山陽自動車道、山陽新幹線、そして井原鉄道の鉄橋が頭上をまたいでいく。備中高梁までは複線となっているものの、トンネル部分は上下線が離れてあたかも単線のようにふるまう。この路線の生い立ちが垣間見える光景といえよう。

備中川面駅にて

高梁川の広い川幅も徐々に狭くなってきて、対岸の崖が近くなってきた。それにつれて、さっきまで見事な晴天だったはずが急に霧が立ち込めてきた。これはこれで、山陰へ向かっているという感が強まってきて好ましい、などと旅人の勝手なイメージを押し付けてしまう。

正月の朝だけあって、家並みが見えても人影はない。そんな中、狭い路地をスーパーカブにまたがって走る郵便配達員の姿が見えた。うちの年賀状は昨日の昼に投かんしたから元日に届くことは望めない。

新見8時9分着。ここに来たのは2004年2月に芸備線に乗り換えて備後落合へ向かって以来のこと。このとき、備後落合駅でJR在来線全線完乗を達成したのである。当時は雪に覆われていたけれど、今日はまだ雪を見ていない。

備中神代駅で芸備線と分かれ、いよいよ中国山地の分水嶺を越えていく。登り勾配と急曲線が続く道を、列車は意外と高速で駆け上っていく。これが振り子の威力かと感心するものの、さすがに左右によく揺れる。乗り物酔いしない私でも、少し気分が悪くなった。あとでトイレに行ったら、洗面所に汚物袋が備えられていた。

特急やくもの汚物袋

「ご気分が悪い時にご利用ください。」 列車高速化の代償としてこのようなものが必要になるのは考えものだと思う。

伯備線の車窓

谷田(たんだ)トンネルで岡山県と鳥取県の県境をまたぐ。トンネルを抜けると青空だった。山の天気は本当にわからない。

今度は一転して急な下り坂を、まさに転げ落ちるように下って行く。このままあっという間に米子に着きそうな勢いだったが、何度か運転停車があって、はやる気持ちを落ち着かせる。それだけでなく、先行の「サンライズ出雲」が遅れているらしく、米子到着は15分ほど遅れる見込みだという。

15分遅れか・・・さてどうしよう。このまま松江まで行って米子に折り返すプランを描いていたが、下手をすると折り返し列車に接続できないかもしれない。かといって、米子で降りると次の「スーパーおき」まで時間を持て余してしまう。あいだをとって、米子の次の安来まで行って折り返すことにした。「スーパーおき」に間に合う折り返し列車が数本あるので、「やくも」がさらに遅れたとしてもリカバリーできる。

雪を頂く大山

鳥取側に至っても雪はなく、ただ、遠方に見える伯耆富士・大山だけはわずかに雪化粧していて、頂上付近は雲の帽子をかぶっていた。ふと気付くと線路が寄り添ってきて、山陰本線に合流した。

米子にはアナウンス通りの15分遅れで到着。その10分後の10時39分に安来駅のホームに降り立った。

山陰西線・安来→米子

安来駅の看板

下車して初めて知ったのだが、「やすき」ではなく「やすぎ」と濁るのが正しいようだ。「安来節」=「どじょうすくい」のイメージだけでこの駅に下車したのだが、改札そばの小さな水槽にどじょうが泳いでいたほかには、どじょうすくいを連想させるものは見当たらなかった。

それよりも、安来には見逃せないものがあった。駅舎を出ると、足立美術館の送迎バスが停まっていた。日本庭園ランキングで1位を連続受賞していることで有名な美術館で、私も一度行ってみたいと思っていた。しかし、安来にあるとはこの瞬間まで知らなかった。いつになるやらわからないが、またの機会にお預けである。

安来駅そばの中海風景

駅前の通りを渡ってすぐのところが中海の湖岸だった。湖面に浮かぶカモを眺めたのが今回唯一の観光(?)となった。

駅に戻り、10時55分発の米子行き普通列車に乗り込んだ。

米子駅では昼食を調達しなければならない。今回の旅では観光をあきらめた代わりに、飲み食いは少し奮発する心づもりでいる。といってもコンビニ弁当ではなく駅弁を買うだけのことだが、駅の売店で「吾左衛門(ござえもん)弁当」というカニやら鯖寿司やらエビフライやらが入った豪華駅弁と、正月ということで日本酒(カップ酒)を購入した。

 

山陰西線・米子→益田「スーパーおき3号」

米子駅・乗車口案内のモニター

買うものを買ったら、もうすることがないからホームに戻って写真を撮って過ごす。「スーパーおき」は通常は指定席車1両と自由席車1両の2両編成だが、今日は増結して2両ずつの4両編成だという。自由席の海側、窓際席を狙っている私には実にありがたい配慮だ。自由席の乗車口に並んでいる人は2~3人だったから、これは楽勝だろうと列をしばらく離れて戻ってみたら10人くらいに増えていた。

「しまった!」と後悔したが、それでも結果は楽勝だった。乗りテツでなくとも、日差しが当たらない北側の席から先に埋まるのではないかと予想していたのだが、案外関係なく、南側の席でカーテンを閉じている人が多かった。ただし、松江、出雲市からだと海側の窓際席は取れなかったようである。

特急やくもからの宍道湖の眺め

松江を過ぎると車窓には宍道湖が広がる。ひとしきり写真を撮ってから、おもむろに弁当を開く。乾杯する相手はいないけれど、カップ酒をパカッと開いて一口すする。時刻は11時を回ったばかりだが、今日は正月! 一人でゴキゲン様だ。

米子・吾左衛門弁当の掛け紙

米子・吾左衛門弁当の中身

小田駅を過ぎると待望の海沿い区間となる。冬の日本海らしからぬ、青く穏やかな海が広がっていた。

山陰本線から見た海景色

小春日和というより初夏のような陽光があふれていて、そのせいか車内は暖房が効きすぎて暑い。まさか冬の山陰がこんなに暖かいとは予想外であった。使い捨てカイロまで用意してきたのに、まったく取り越し苦労だった。

山陰本線から見た河口風景

川が海に流れ出るところ。河口付近の風景が好きで、これを見つけると食い入るように見てしまう。堤防が整備された河川よりも、砂浜を侵食して海に流れ出す小さな河川の方が見ていて面白い。

山陰本線から見た海景色・漂着物

今回、天気がいいから余計に目立ってしまったのか、海岸に打ち上げられた漂着物の多さに驚いた。浮きなどの漁具と思われるものが目に付く。

益田駅停車中のスーパーおき4両編成

大田市、江津、波子(はし)、浜田、三保三隅(みほみすみ)と停車して、益田に到着。米子から益田まで2時間半の「スーパーおき」劇場は名シーンの連続で飽きることがなかった。

山陰西線続き・益田→長門市→小串→下関

益田からは各駅停車を乗り継いで下関へ向かう。優等列車の設定がないのは寂しい限りだが、それとは関係なく、景色は相変わらず秀逸である。

益田で「スーパーおき」からの乗り換え客が多かったが、鉄道ファンと思しき人の比率がグッと上がった。カメラや時刻表を携えているからすぐにそれとわかってしまう。もちろん私もその一人だから、周囲から同じように見られていることは自覚している。

維新の志士達のふるさと・萩の玄関口である東萩駅で若干の乗客の入れ替わりがあったくらいで、長門市まで同じ面子(メンツ)で移動する。

長門市駅にて

長門市で乗り換えとなり、且つ、山陰本線と仙崎支線、美祢線が分岐するため、乗り合うメンバーがシャッフルされた。

時刻はまだ午後3時だというのに、太陽は落ちる気満々で西の空の低いところへ移動している。下関の日の入り時刻は17時17分。冬の日はやはり短い。

特牛駅・駅名票

難読駅名として有名な特牛(こっとい)駅を過ぎると、空の色が徐々に黄色く変わってきた。

山陰本線・夕景

小串で再び乗り換え。吉見駅から福江駅付近までが最後の海景色ポイントになる。果たして、響灘に沈む夕日を目撃することができた。

響灘に落ちる夕日

米子から山陰西線をひたすら乗り通した約7時間。さすがにお尻が痛い。できることなら近くの宿に転がり込んで横になりたいと心底思う。そんな妄想などお構いなしに、列車は山陽本線と合流して山陰本線の終点・幡生に到着。本州最西端のターミナル・下関駅には時刻通りの17時27分着だった。

下関駅・駅名票

関門トンネルを抜けて・下関→小倉

米子を出てからここまで列車に乗りっぱなしだったから、下関駅で久しぶりに改札口を出てみた。駅やその周辺の建物は新しくなったように見受けたけれど、なぜか寂れた印象を受けた。本州~九州連絡の要衝の地位を失ったという予備知識があるばかりに、色眼鏡で見てしまっているのかもしれない。それに今日は元日だから大きな店舗は休みである。

早々に駅に戻って、自動券売機で小倉まで280円の切符を購入した。ここからはJR九州エリアに入るから、JR西日本乗り放題切符は使えない。ホームに上がると中津行の普通列車が待っていた。

日が落ちて、外の景色はもう判別できない。関門トンネルに入って白色蛍光灯の列が流れていくのを見送っていたら、トンネル内で減速して止まってしまった。海底トンネルで停車とは、あまり気持ちのいいものではない。4分遅れで小倉駅に到着した。

あとは、家で待つ妻子にお土産を忘れずに買って、「さくら」で新大阪へ帰るだけである。

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ライター紹介 ライター一覧

溝口光徳

溝口光徳

1971年1月生まれ、大阪府在住の鉄ちゃんです。少ない休日に一つでも多くの鉄道路線に乗る方法として、いわゆる盲腸線(行き止まりの路線)の終点からバスや船を利用して他の路線につなぐ「抜け道探し」に夢中になり、いつしか「抜け道探し」とその踏破が旅の主目的に。
1999年にウェブサイト『終着駅のない旅』を開設。2004年にJR全線完全乗車達成。現在はJR以外の鉄道全線完乗を目指して活動中。2016年からJR全線乗りつぶし・2周目を開始。